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最高裁判所第一小法廷 平成8年(行ツ)134号 判決 1997年6月19日

山口県岩国市麻里布町六丁目三番九号

上告人

タイセイ株式会社

右代表者代表取締役

山根昭尚

右訴訟代理人弁護士

河原和郎

同訴訟復代理人弁理士

三原靖雄

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成六年(行ケ)第九三号審決取消請求事件について、同裁判所が平成八年二月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人河原和郎、同復代理人三原靖雄の上告理由について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして首肯するに足り、右事実関係の下においては、本願考案が進歩性を欠くとした原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋久子 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄)

(平成八年(行ツ)第一三四号 上告人 タイセイ株式会社)

上告代理人河原和郎、同復代理人三原靖雄の上告理由

原判決には、以下に述べるように、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背がある。

一 基本的な判断過程の誤り

原判決は、本願考案と二つの引用例は、移動用の車輪を有する台枠本体に装置を乗せた点、圧縮機に連なる圧力計を有する点、ガスタンクに対して冷却機構を有する点で相違するだけであるとし、これらのそれぞれについて格別に各引用例との間で「きわめて容易」であるか否かを検討して、実用新案登録は成り立たないとした本件審決の判断をそのまま踏襲し、右三点をそれぞれ各別に検討して、審決に取り消すべき違法はないと判示している。

しかし、本件考案は、「ここ数年来世界の学識経験者の間からこれら各般のフロンガス放散の結果大気中を拡散上昇して成層圏に到達すると、フロンガスは短波長波紫外線その他の反応性物質により分解されて酸化物を生成し、このためオゾン層の分解を促進し、引いては地球表面に到達する紫外線が増加して人体や動植物に対し悪影響を与え、また地球上の気象にも大変動を与えることが予言提唱されて大問題となっている。」ことから、オゾン層の破壊の防止が緊急の課題であるとの認識に立って、「従来大気中へ放散していたクーラーのフロンガスを徹底的に回収し・・・大きな地球上の公害防止に役立てようとするものであり、なお自動車のクラーばかりでなく他の冷房装置又は冷凍機等にも使用可能な完全なるフロンガス回収装置を提供する」こと、つまりあらゆる機器のフロンガスの徹底的、完全な回収を目的としており、屋内、屋外を問わずあらゆる場所にある、自動車用クーラー、家庭用冷凍・冷蔵庫、建物用冷房機そのあらゆる形態の、さらに稼働中のもの、故障して使えないもの、廃棄され、破壊・腐食しているもの等あらゆる状態にある機器からフロンガスを回収するため、本件考案は「フロンガス回収装置は台枠本体を設け、これに圧縮機を装設し圧力計、冷却機構付凝縮器及びガスタンクを配管により順次連結し、且つガスタンクにたいしても冷却機構を装設してなるものであ」り、かつ台枠本体には移動用の車輪及びハンドルを取付け、圧縮機及び冷却器はそれぞれ駆動用モーターにより駆動する構造をもつものである。そして、その結果、本件考案にかかるフロンガス回収装置は、厳冬下や炎天下、あるいは屋内、屋外等あらゆる環境下において、大型、小型自動車のクーラー装置を始め、冷蔵庫、冷凍機、室外式・屋上式冷房機、さらには破損、機能廃止し、廃・遺棄されたそれらの機器等あらゆる種類・状態の冷房装置等の改修又は解体の際に、従来無為に大気中に放散していたフロンガスを大量、迅速かつ完全に回収して再利用、廃棄及びそのための移動、貯蔵を可能にするもので、経済的効果もさることながら地球上に大きな公害をもたらすフロンガスの拡散を防止するために大きな効果を奏するものであること、つまり、あらゆる環境下にある、あらゆる種類・状態の冷房機の冷房機からの大量且つ完全な回収と再利用、廃棄及びそのための移動、貯蔵を可能とする効果を有するものである。

一方、引用例1は、「従来、自動車などにおいて、修理や整備のためにクーラーの各機器や配管を取外す場合、その内部に封入されてたフレオンガス等の冷媒は適当な手段がないまま、やむを得ず大気中に放出していた。この冷媒は無公害ではあるが高価なものであり・・・このような大気放出による経済的損失は無視しえない状態にいたっている。」こと、つまりフロンガスの大気放出による経済的損失を回避すべきとの認識に立って、「冷媒圧縮式クーラーの冷媒を回収する装置を提供することを目的とする。」ことつまり冷媒の回収の目的のため、冷媒回収回路と冷媒供給回路とを設け、これら両回路のいずれか一方を選択的に使用しうる」構造をもつもので、冷媒圧縮式クーラーの冷媒を容易に回収し、一時貯えて再利用のため定められた量を確実に供給することができ、もって整備費用を低減すすことができる」ことつまり、冷媒の回収と一時的貯えの効果、機能をもつにすぎないものである。

また、引用例2は、「現在冷媒として種々使用されているが、一般に無害で安全性が高いとされるフロン系のものでも一旦大気中に放出されると空気・水分・熱等が作用して分解し塩素系ガス等の発生を招き人体に害を及ぼす危険性を有する者で、・・・従来多量の冷媒放出を伴う冷媒充填作業に於いて、上記点に関する何の対策も成されて居らず・・・安全性が問われている。」こと、つまり塩素ガス等の発生による作業者の人体への危険性を回避すべきとの認識に立って、「この発明は冷房装置等への冷媒充填を行う充填装置に関し、冷媒回収装置を設けて冷媒を大気中に散出することなく充填作業の行えるものとして冷媒による人体への害を防止し安全で快適な作業を可能にするものである。」「冷媒の放出を最小限に抑えた安全性の高い装置を得るもの」で有ること、つまり安全で快適な充填作業を可能にするために冷媒の放出を最小限に押えることを目的として、「コンデンサー及び回収容器を備えて冷媒回収管路を設けると共に該菅路を被充填装置の・・・・・・冷房充填装置」構造を持ち、「冷媒回収管路を設け冷房装置内の冷媒抜きの際出される冷媒を回収できるもので有 毒性を有する冷媒の大気中への発散を防止し安全な作業が行え広くは公害防止に寄与できる」こと即ち安全な充填作業のための冷媒の回収の効果を有するに過ぎないものである。

従って、台枠本体を設け、これに圧縮機を装設し、移動用の車輪及びハンドルを取り付けて機動性を持たせ、圧力計を設置して、これを見ながら圧縮機のスイッチを操作することによって、最も適当な圧力によって冷媒を回収することを可能にし、ガスタンクに対しても冷却装置を付して、回収したフロンガスを大量かつ安定的に貯蔵するようにした結果、あらゆる環境下にある、あらゆる種類・状態の冷房機の冷房機からの大量且つ完全な回収と再利用、廃棄及びそのための移動、貯蔵を可能とする効果を有するに至った本件考案は、冷媒の回収と一時的貯えの効果、あるいは、安全な充填作業のための冷媒の回収の効果を有するに過ぎない引用例とは、全く異なるものである。

以上のことから、原判決が、審決の判断過程をそのまま踏襲して、そもそも、本件考案と引用例1、2とは、その目的並びにその背後にあるフロンガス回収の必要性に関する認識、及び効果が全く異なることを看過し、単に構造上の類似点のみを取上げ、しかもそれぞれ切放して、格別の存在として、比較している点は、その発想において根本的な誤りを侵していると言える。けだし、公知である個々の構成要件を集めた場合でも、それらの持った作用の集合以上の、新しく予期しない顕著な効果がもたらされる場合は、いわゆる結合の考案として、進歩性あるものと認められるのが当然であり、本件考案は、前記のように、台枠をもうけてこれに圧縮機を装備して移動用、の車輪及びハンドルを取付けたこと、圧力計を設置して、これを見ながら圧縮機を操作できるようにしたこと、ガスタンクに冷却装置を付したことにより前記のような顕著な効果を有するに至ったものであるから、右三点を切離して個々に検討することなく、総体としてその目的、効果から判断すれば、本件考案の進歩性が認められることは明らかであるからである。右三点を切離して個々に検討すれば「きわめて容易に想到し得る」としても、これらを総合し、結合したものとして検討すれば、決して「きわめて容易に想到し得る」とは言えない。

二 移動用の車輪を有する台枠本体に装置を乗せた点について

この点は、先に述べたように、装置の目的及び効果との関係で装置全体の機能を考察すべきであって、移動用の車輪を有することのみに着目して、引用例と対比して、「きわめて容易に想到し得る」とするのは誤りである。

三 タンクの冷却装置(貯蔵のための冷却)について

引用例2は「冷媒の回収を行うときには管路一7における冷媒の液化に伴なう放熱を冷却して液化の促進をし」(甲第四号証特許公報二頁)ているのであって、送風機を冷媒の液化手段として捉えているにすぎず、貯蔵、運搬、流通のため、一旦液化された冷媒の液化状態を安定・維持させる手段として、(貯蔵タンクを)冷却するという発想及び機能はない。即ち、引用例2においては、「回収管路一7及びエバボレーター一4に送風を行う」送風機26と「回収容器20」に送風を行う送風機が図示されているが、26の送風機は、「冷媒の回収を行う時には管路一7における冷媒の液化に伴う放熱を冷却して液化の促進」を図るるためのものである(同特許公報三九二頁)。ところで、20の回収容器には、「回収した冷媒を受けるタンク21が接続されて」おり、「該タンク21は、・・・・容器20上方に形成する気相部分と連通して」「(回収容器20の)底部の液相部分より液冷媒をその落差により円滑にタンク21内へ受けるよう構成されている。」ものである。つまり、「コンデンサー18で液化しドライヤー19で除湿及び不純物の取り除きを行った」冷媒は、一旦「回収容器20に内へ貯える」ものの、未だ液相部分と気相部分とが併存する状態であるから、いわゆる滴下方式により、最終の貯蔵タンクたるタンク21へ回収する構造となっているのであり、その際回収容器20内の気相部分をできるだけ少なくするため(逆に言えば液相部分を多くするため)、送風機によって冷却しているものであること、つまり、26の送風器と同様に「液化の促進」のため設けられているものであることが明らかである。

一方、本件考案では、ガスタンクに対する冷却機構は、フロンガスの「温度とその蒸気の飽和との関係を示す蒸気圧曲線の特性」(甲第九号証の一、二参照)を利用して、最終的に回収したガスの液化状態を安定させて、廃棄あるいは再利用のために貯蔵、運搬、流通させることを目的としているものである。引用例2の回収容器20に対する冷却器が、最終的に回収されたガスを貯蔵するためのものでないことは、タンク21が最終のガス貯蔵器であり、回収容器20は単なる通過部分であるに過ぎないことからも明らかである。

以上に述べたように、引用例2の「タンク」(「回収容器」のことか。ちなみに、「タンク21」には冷却機構はない。)に対する冷却機構は、同「タンク」の「冷媒の圧力が上がらない」ようにするためのものではない(タンク21には「所定高圧以上の時開成する」放出弁41があり、さらに「容器20内と圧力を平衡させ」る構造になっているのであるから、「冷媒の圧力」を「上がらない」ようにするため、冷却機構を設ける必要はない。)し、まして、本件考案とは、冷却の目的と効果が全く異なるので、引用例2の存在から本件考案が「きわめて容易である」とは言えないことが明らかである(ちなみに、本件考案でも、ガスタンクに冷却機構を設けたのは、上記のような目的によるものであって、「冷媒の圧力が上がらない」ようにするためではない。)。

また、引用例1は「特に冷媒回収時においてチヤージタンク3の上部空間の内圧が上昇して管路9からの冷媒の流入が妨げられる場合、一時的に開閉弁26を開放し、チヤージタンク3の内部上方空間3の内部にさらに冷媒を回収し充満させることができる」(甲第五号証特許公報一〇八頁下から四行ないし七頁上から三行)として、タンク内の温度が上昇した場合に再び気化した冷媒を再度コンデンサー回路に戻すという構造になっており、本件考案のようにあらゆる作業環境を想定して、気温の高い作業環境のもとでも最終タンク内に回収した液化状態の冷媒が再度気化しないようにタンク自体に冷却装置を備えているものではなく、このことからしても、「タンクにも冷却機構を付けることは、きわめて容易である。」とは言えない。

四 「圧縮機に連なる圧力計を有する点」について

引用例2の「圧力連成計」「10」及び「11」は、「(充填を受ける)冷房装置1の高圧側及び低圧側の圧力を表示する」(甲第四号証三九一頁)ためのものである(引用例2は本来「冷媒充填装置」であるから、過充填を避けるため、被充填機の内部のガスの圧力を測定することは重要である。そのため設定した圧力計が回収の際にも被回収機(被充填機)の内部の圧力の測定に利用でき、「これにより冷媒を回収したことを知ることができる」というだけのことである。)。

要するに、引用例1及び2の「圧力」は、被回収機あるいは被充填機内部の圧力を問題とし、あるいはその測定のために設定されたことが明らかである。

一方、本件考案の圧力計は、圧縮機と凝縮器の間に設定されており、「気体(冷媒)をコンプレツサーで加圧して圧力を次第に上昇させ、15kg/cm2Gまでにすると発熱するので、この熱を冷却フアンで冷すと液体となる」(甲第九号証の二、四頁)との知見にもとづいて、「(廃車クーラーから噴射された)気体状のR-12を回収装置のコンプレッサーで圧縮し・・・強制冷却して液体状・・・にしてフロン回収ボンベの中に、コンプレッサー加圧しながら・・・回収」(甲第九号証の二、六頁)し、「圧縮中の圧力が約15kg/cm2Gに保(つ)」(前同)ために圧力計を設定したものである。つまり、圧縮機と凝縮器の中間にある本件考案の圧力計は、圧縮機以降の凝縮器、およびこれらを運結する配管内の圧力を測定するためのものである。言換えれば、回収装置そのものの内部圧力の測定のためのものであり、引用例1、2のように、被回収機あるいは被充填機内部の圧力を問題とし、あるいはその測定のために設定されたものではないことが明らかである。

以上のように本件考案の圧力計は被回収機の内圧を測定するものではなく、引用例1の圧力についての記載とは、全く意味内容を異にし、また引用例2の圧力計とも、その目的と効果が全く違うものであるから、単に圧力計が設けられている、あるいは圧力について記載されているという外形的なことのみから、本件考案が「きわめて容易である」とは言えず、原判決はこの点の判断を誤っていることが明らかである。

なお、先に述べたように本件考案が、回収装置のコンデンサーから回収ボンベの直前までの間の内部圧力を測定するために圧力計を設けたことは、圧力計で測定しながら回収装置を操作して、コンデンサー内の圧力を15kg\cm2Gに保つことによって、季節や屋内外を問わず、最も効率的、迅速かつ適切にガスの液化回収を行うことを可能としたものであり、まさに画期的なものである。

五 本件考案の顕著な効果

本件考案は、先に述べたように、オゾン層の破壊の防止が緊急の課題であるとの認識に立ってあらゆる機器のフロンガスの徹底的、完全な回収を目的としており、屋内、屋外を問わずあらゆる場所にある、自動車用クーラー、家庭用冷凍・冷蔵庫、建物用冷房機そのたあらゆる形態の、さらに稼働中のもの、故障して使えないもの、廃棄され、破壊・腐食しているもの等あらゆる状態にある機器からフロンガスを回収するため、台枠本体を設け、これに圧縮機を装設し、移動用の車輪及びハンドルを取り付けて機動性を持たせ、圧力計を設置して、これを見ながら圧縮機のスイツチを操作することによって、最も適当な圧力によって冷媒を回収することを可能にし、ガスタンクに対しても冷却装置を付して、回収したフロンガスを大量かつ安定的に貯蔵するようにしたものであり、その結果、あらゆる環境下にある、あらゆる種類・状態の冷房機の冷房機からの大量且つ完全な回収と再利用、廃棄及びそのための移動、貯蔵を可能とする顕著な効果を有するに至ったものである。しかるに、原判決は、この点、特に本件考案の機動性と回収したガスの貯蔵・運搬・流通性の効果について看過し、「効果を奏することも当然予想できるものであると認められる。」として、本件考案の進歩性を否定したものであって、判決に影響を及ぼす法令違背があることは明らかである。

六 結論

以上のとおり、原判決には、実用新案法第三条第二項を誤って解釈適用しており、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背があり、民事訴訟法第三九四条二より、破棄されるべきである。

以上

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